偶然手に取った本には、古代エジプトにも食人習慣はあった、と、わずか数行ながら、書かれていました。その本の題名は、『カニバリズム』。
カリブ海の島々に伝統的にある食人風習がその語源だそうで、アフリカとヨーロッパを除く殆どの国に、見られる風習だったようです。
アフリカは仲間を食うほどの余裕がなかったのだろうし(ライオンやら豹やら敵だらけで)、ヨーロッパは単に隠蔽しているだけで、調べれば出て来るだろうと思います。食人風習の報告資料は、キリスト教の宣教師達が残したものが大部分なので、彼等が自分達の過去を洗うなんてコトは有り得ません(笑)。
エジプトはアフリカに属しますが、残念でした。隣近所はみんな食人風習がアリアリです。
アフリカといっても、ブッシュマンなどの狩猟民族が例外なだけです。一部にはやはり食人が見られたそうです。
原始人の洞窟からは、奇妙な穴を穿たれた人骨の、頭だけが多く出土した事も挙げられ、これは儀式的な蔡場の跡だろうと思われます。
一節にはサーベルタイガーの牙の跡、とも言われますが、でも頭蓋骨だけが出土というのは不自然です。首を落として、脳みそをすすった後、ここへ収められたと見るほうが自然なので、私もこの著者の先生に賛成です。(サーベルタイガーが、牙が鋭いから、穴を穿った犯人にされましたが、通常、動物が獲物を捕らえる時は、喉を狙いますよ? 頭より照準の付けやすい背中を狙うでしょう。そもそも爪は、引っ掛けて外れないように鉤になってるし、牙を立てるより先に爪を掛けるでしょうよ)
自然界では、多くの動物が共食いをしますし、猿ももちろん共食いをします。
人間だけが特別に、そういうタブーを持っているとは理論的にも考えにくいので、普通に、古代においては、人は人を食ったものと考えられます。
それが廃れた理由・・・この文面を遊戯王のサイトでぶち上げた時は悩んで、結局答えが出ないままUPしましたが、今は理由らしき答えがあります。
・・・支配者階級の出現。単に人を餌として獲る時代から、儀式として神へ捧げる、隠れ蓑を被る時代へと移行します。支配者にとっては、治める民が減るのは好ましくない、食人と支配拡大は相容れない。宗教の発達が先か社会機構の発達が先かで、決定されてゆくのだと思います。
アステカ民族は、生贄を毎日祭壇に乗せるために、他の部族に戦争を仕掛けまくったと言いますし、エジプトはそれを避けるために、生贄を家畜に切り替えたんだろう、と・・・。
ヒッタイトやシリアなど、敵国も強い国々だったためでしょう。
そのヒッタイト、シリアなど中東の国々には、食人風習があった確証が残っています。
本にははっきりと、人間の生贄が捧げられたと書かれています。
別の、アラブの民話などを調べても、グールという魔物の姿を借りて、食人の物語りは多く語り継がれています。イスラムが入る前には当たり前に、人間が行っていた行為を、都合が悪くなったのでグールという架空の魔物を新たに作って、核心を誤魔化したのでしょう。
ベドウィンは、家畜が肥え太った頃に、略奪の旅に出掛けますが、納得のいく理由が考えつかなかったものです。・・・人間狩りが主目的だ、と考えれば、納得がいきます。家畜が肥える頃には、人間も肥えるのです。
略奪は、ベドウィンの宗教的な儀式だったのでしょう。
「七つの大釜の中身」という民話では、継母が継子を料理して客へのもてなしにしてしまうし、その中で、脳みそを取り出すために頭を砕いた、などという細かな描写が為されます。
そして、それに対する神の罰は、知らずに息子を食べた父親にまで及ぶのです。
人食いに対する罰則はどの国でも重いものでした。・・・それだけ深刻だったのです。
他の、アマゾンやニューギニアなどの部族にも、敵の死体を食べる事に特別の意味を含む民族は数多いのです。
「強い戦士の肉を食わずに、どうして強い戦士になれるんだ?」
これは、相手の肉を食べる事で、その力や技能を継承出来ると考えられたからです。柔らかくて旨そうな若者の死体より、年季の入った屈強の戦士の死体がこぞって持ち帰られたそうです。
ベドウィンの場合はこれとは違うもう一つの理由、自己の優越性を表すのが目的でしょう。敵を、徹底して貶め屈辱を与える行為として、食ったのです。
ベドウィンは他の民族を「驢馬の糞から産まれた」として蔑んでいるのです。その意識の根底に、かつての食人の名残が見えます。
猿は、他の種類の猿を餌と見なすものなのです。
・・・と、いう具合に、古くから、人間は人間を食べておりました。 頭蓋骨は、通常、食器としても用いられたそうです。
エジプトも、きっと例に漏れず、人を食っていたでしょう。
私は以前から、オシリス神話群は、タブーの書だと書いてきましたが、ここで、確信を得ました。・・・セト神は、『人の血肉を求める神』だったのでしょう。
彼は、ホルスやラーよりも古い、原始の神だったのだと思います。名前の響きが、他の神々と異なるのをお気づきでしょうか? セテフにせよ、セトにせよ。
彼の神殿では、人間が生贄に捧げられ、犠牲者はバラバラに解体されて、列席した人々に分配された。
世界各地の多くの原始神の場合と同じです。
現在でも有名なところでは、ブードゥーの秘儀やアマゾンの首狩り族、アメリカ先住民の一部にも見られました。
オシリス神話の一節に、「セトは、デルタの中洲でオシリスの遺骸を見付けた。怒り狂ったセトは、その遺骸を14に引き千切り、ばらばらに投げ捨ててしまった。オシリスの男根は、オクシリンコスという魚が食べてしまった。」というくだりが出てきます。・・・この、ばらばらにして、(魚が)食べてしまう、という点が重要なんです。
まさに、人食いの多くの民族が、人間を捌いてバラバラにして、分配するんです。
オクシリンコスというこの魚、セトの化身としても有名です。
つまり、セトはオシリスを食ってしまったわけです・・・。
この、裏の意味合いは、かなり後の時代にまで受け継がれたのではないかと思います。
だからこそのオシリス神話であり、公然の秘話として、本来の意味も語られたと思うのです。セトがどうしてホルスによって滅ぼされねばならなかったか・・・それは、人を食う神だったからではないか、と思うのです。セトはホルスの目をも、食うのですから。
捌き方は、神殿で牛を屠殺して捌く方法と酷似しています。
アステカの儀礼を紹介する件から抜書きします。
まず、犠牲者を両方から二人の男が押さえ付けて跪かせ、もう一人の男が頭を押さえて仰け反るようにします。その首の下に、流れる血を受ける皿を持つ役の者がつき、首を掻き切ります。血をこぼさないように全て受けきると、今度はすみやかに解体が始まります。
首を切断し、内蔵を取りだし、身体をヘソの上くらいから二つに切り分け、さらに腕、足、背骨から左右、という具合に切り分けます。
それをさらに小さく捌いて、参加者全員に分配します。
生贄としての解体の場合は、心臓は神に捧げられました。
他、1番の功績を認められた者の褒賞として、与えられる場合もありです。心臓と脳みそは特別な物とされたようです。
神話で、オシリスの男根が食われるのは、心臓の次に象徴的な臓器だからでしょう。(心臓は、復活のための特別な臓器だったので、貶める意味も含めて変更されたのだと思う)
心臓を特別なものとした事自体、(セト)神が望むモノだったからかも知れません。
少なくともセトは兄貴の、脳みそと心臓、肝臓なんかはペロリと平らげたんじゃないかと。
アラブ民族の民話の本を読んで、ベドウィンの分布がアラビア半島に限らず、シリア、トルコ、イラクにまで及んでいる事実を知り、セト神=ベドウィンの確信を深めた事は言うまでもありませんが、ここへ、新たに、ベドウィンにも「人食い」があった事を加えたいと思います。
多くは怪物グールの仕業とされていますが、元々は敵の部族がやった事を伝えたものでしょう。・・・つまり、食人の要素が入った物語りです。 いえ、彼等はもっと恐ろしい「人間狩り」をする民族です。
セトは、砂漠を渡って襲ってくる、恐ろしい天敵の象徴だったのだろう、と。
アラブ民族の名誉のために言っておきますが、人食いは、普遍的に何処ででも行われた風習です。キリスト世界でもあっただろうし、もちろん、日本やアジアにもありました。
人間は猿から進化したのですから、当然、猿と同じに同族を食ったのです。
猿と違う唯一の点は、その恐ろしい本能を克服したという事だと思います。同族を食わない事が、人間がケダモノではない証拠なのです。
現代において、人を食うという行為は、理性を放棄し、人間性を捨て去る行為です。殺人記録に残る、食人の犯罪者は一様に社会性が欠落した、エゴイストだと云います。
アラブは古代エジプト以上に資料が少ないと言います、彼等がいつ頃から人食いを止めたのかは、残念ながら参考とする資料がありません。
さて、エジプトに話を戻します。
よく知られるミイラ・・・これは、たまたま死体が乾燥しているのを発見して、保存を思い付いたなどと、ものの本には書かれていますが、それじゃ理由付けとして弱くはないですか?
ニューギニアには、先祖の遺骸を干して、保存食とする例があるのです。
ほかにも数例がありますし、家族などに死者が出ると食べてしまうという風習は、敵を食う例より多くの国に分布します。
保存食として、ミイラにしたのが始まりだと思います。
最初は簡単に、内蔵を取り出して天日で干したくらいで、それが宗教と結びついて発達したのだろうと。
「冷たい土の下に入るより、俺達の身体の中の方が温かいじゃないか、」
というのが理由であり、これはけっこう受け入れやすいんじゃないか、と。
子供や子孫の血の中で、永遠に生き続ける事・・・ここら辺が、エジプトの死生観の原点だろう、というわけです。
「人食い」が廃れて、「ミイラ」だけ残ったのも、エジプトが豊かだったからでしょう。
家畜を手にした事も関係あるでしょう。牛や山羊などを家畜とした為に、それまでは困難だった肉の確保が容易になった。だから、手軽とは云え、狩らねばならない人間を食う必要はなくなった。
もうひとつ、重要な事実があります。
遭難などで、やむなく死者を食べた例の多くで、他に食べ物が見つかったにも関わらず、人間の肉を食い続けるという実例が多く報告されています。
・・・人肉が旨いとは思いません。理論的に言って、雑食動物の肉より、草食獣の肉の方が旨いんです。(野生の動物が人間を食う場合は、人間の方が各段に獲りやすいため、ハマるらしい)
では、なぜ、人間を好んで食うのか。
カタルシスだと思うんですよ。
最高の快楽。
理由は何にせよ、殺人てのは相手を征服した結果です。同じ征服するなら、より残虐に徹底的に屈辱を与えられる方がカタルシスは大きい。優越性の発現とも言えます。
食う、という行為は、それを満足させる最大のものなのだろうと。
文字通り、「お前は俺のものだ、」状態。
私なんかはオタク趣味のホモ大好き女ですよ?
オシリス・セトの兄弟で、「食べちゃいたいくらい大好きだ!」で、実際に食っちまったのか、とか思うと堪りません(笑)。
いや、憎悪の果て、という見方が正しいとは思います、ええ(笑)。
どこぞの地方では、人肉を「長い豚」と称したようで、エジプト神話で「豚を不浄のもの」、と定めたのが何故かも、ここらへんが関係するのだろうと、新たに謎が解けた感じです。
・・・それは裏を返せば、神話で警告せねばならない程、人食いが後々まで残っていた、という事だろうと・・・。
神話でタブーとしても、現実に豚は食われていたと言うし、むしろ、神話で強く警戒したのは、「人食い」だったのではないかと思います。
神官がつるっぱげになったのも、生贄をハゲにした名残でしょうか(笑)。
脳みそ取り易いように髪を剃って、食う前にキレイに洗ったのが、剃髪と禊の原型。
神の前に不浄な生贄は出せない、とか理由をつけて、牛に替えた後は自分たちが剃った。
・・・だって、毛が不浄とされるなら、獣は全身毛むくじゃら。
神官たちはおのれのムダ毛さえ、綺麗に剃っていたのですよ?
キリスト教教会に報告されたカリブの食人記録によると、やはり犠牲者はキレイにムダ毛を剃られるという事例があるようです。(蒸し焼きの後に火で炙る方法も報告有り)
それらを読む限り、生贄の儀式は人間を食う事が発祥だったと言わざるを得ません。
エジプトにおいて、残る疑問はあと一つ。
カノプス壷。
実物を見た事がないんで、なんとも言えませんが、人間一人の内臓って、あんな壷4つに納まるもんなんでしょうか?
腐敗を防ぐためにも、内蔵は全て取り出さないといけないだろうし、王の体を捨てるわけにもいかないだろうし、甦る時必要だったら、神官たちで食うわけにもいかないのかも?
やっぱり、干すんですか? 物干しに胃腸とかソーセージみたいにして?
残った分は、神官たちで食っちゃったのだと思っていたのですが・・・。
大事な臓器だけ残せばOKだったのか?
壷に納まらなかったハラワタは、どこへ消えてしまったのですか?
・・・誰か、納得のいく答えを(笑)。 |
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