| セトの動物がなんなのか・・・? 古代エジプト史の、謎のひとつです(笑)。 神話の中で、豚やカバに化けるというエピソードなどもあり、これらがセトの正体ってコトはないと思います。なにせ歴史が長い国なんで、古代に残された壁画などと新王朝期の壁画では、画力そのものがまず違っているので、なんとも・・・(笑)。園児の落書きと画家の作くらいは違います(笑)。犬なのか猫なのかも解らんよ、この絵じゃあ(笑)。 全身像を見ても、手足が他のトトとかより、若干長く描かれていて、彼が大きい獣である事を裏付けているような気もするし、オシリスを閉じ込めた棺おけを軽々と持ち上げるパワーの持ち主であり、ラーに向かって本人が、「私は神々の中でもっとも力強き者!」と宣言している事などを併せても、豚や山羊、驢馬ではないでしょう。 他にアリクイ説、山羊のチン○説、・・・色々(笑)。 エジプトに馬は居ませんでした。確かに。 けれど、馬と驢馬の合いの子は居たんです。・・・それはすなわち、馬が持ち込まれた事もあった、という事でしょう。気候的に合わないから絶滅したか、現地で必要性がなくて驢馬に取って変わられたか。・・・居たかも知れない事は確かです。神話創世期の古代に。 スピードもパワーもある大型の草食獣。あの耳・・・特徴的な口元・・・『馬』だと思うんだけどな〜・・・。キリンかな〜・・・。エジプトでは見ない動物、がキーワード。 近隣のアラビアでは、古代から遊牧民が馬を駆って独自の略奪文化を形成してるんで、それだと思ってます(笑)。 スポーツ感覚で村を襲い、皆殺しにする民族が砂漠に居たんです・・・。 古代。 王朝もまだない頃に流れ込んだ獰猛な遊牧の民は、土着になり大人しくなる前には暴れまわったと思います。常に移動する彼等に、倫理や社会規範は必要なかった。 厳しい砂漠の掟のままに、厳しく生きる民族。彼等に通用するのは、力の鉄則だけで・・・それがセト神の原型だと思ってます。 時には同じ遊牧民同士ですら、敵を全滅に追い込む激しい戦いを繰り広げたと言います。 「神が創ったのは我々だけで、他のヤツ等は驢馬の糞だ、」と思っていた、無法にプライドの高い民族(笑)。厳しい砂漠をムリして渡るより、豊かな大地に根付く事を選んだとしてもおかしくはないと思います。 彼等が遊牧民でなくなった時、彼等のシンボルだった「馬」も必要性を無くし、消えていったのではないか・・・と。 何の根拠もないんですけどね(笑)。 これについては、後々、オリジナルの神話として発表したいと思ってます。(何時の事やら) |
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オシリスが長い旅から帰還した時に、ぐてんぐてんに酔っ払い、それを好機と見なした二人の神が居ました。・・・セトとネフティスです。 セトは兄を陥れる姦計を巡らせるため、ネフティスはセトを騙して不貞を働くため、奇しくもダブルブッキング。姉イシスに成りすましたネフティスを、気付いたオシリスもそのままコトに及んでしまいます。耳元でネフが言います。「あの人は胤なしなの。どうかこのまま私を抱いて下さい。」・・・これでキッチリ確信犯。セト密かに激怒。おのれ兄上、妹め・・・。 二人がイチャイチャクチャクチャ遊んでいるのを、息を潜めて待つことしばし。ようやくネフ退散。 オシリスがぐっすり寝入るのをさらに待ってから、セトは兄のサイズを丁寧に測ってゆくのでした・・・。陰湿。 でも兄妹二人に一気に裏切られたセトの心情はどんなモンだったんでしょうね。 「あの人は胤なしなの、」・・・オシリスだって何らかのリアクション返したでしょうし、それを傍で聞いていた本人、どんなもんでしょうか。 例え弟を庇う言動も、コトの最中なら侮蔑以外の何者でもないわけです。 エジプト神話(日本の民話に近いほう)に、「アンプとバタ」という物語があります。不実な妻の物語です。ネフの場合、不実なのは妻だけではなかったわけですが。 別に神話に捕えなくても、普通に考えて、これは許せる範囲を越えてます(笑)。 そうして、まさかあの夜セトが傍に居たとも知らず、ネフティスはオシリスの子供であるアヌビスを受胎。どんどん膨らむ妻の腹。セトも初めて出来た子、と神々には言いつつ・・・オシリスを殺した後は妻を見捨ててしまうのでした。 なぜ、わざわざ神話の中に、そんなドロドロテーマを入れたんでしょうか? お昼の連続テレビ小説じゃあるまいし(笑)。 考えれば考えるほど、よく解んないよ、オシリス神話って(笑)。 |
| ホルスです(笑)。 オシリスとイシスの二番目の子供。オシリスの三男坊。・・・これもオシリス神話の奇っ怪なトコで(笑)、王位継承権とか拘るわりに、真実、二人の長男であるババイはないがしろなのです。いや、ババイはオシリスが妾に産ませた子とする説もあり、日本の水子のようなモノでは?との声もあります。 オシリスはギリシャでゼウスになった、と言えば納得ですよね(笑)。 分け隔てなく人々に愛(本人はスキンシップと言い張ってる)をサービスする博愛主義者ですから。 ともあれ、ババイが長男です。 セトのために、地位を落とされ、低い位の神にされたとは言え、彼が正当なオシリスの後継者であるはずなんですね・・・。ホルスではなく。 オシリスの、長男だからして。 セトが育てていたんだそうですが。 そして、彼はラーに対して不敬なる発言をしたとして、神々から追放され父オシリスの居る冥界へ追い落とされたあげく、父オシリスは何をやってんだか、で、何故か死者の臓物を食らうようなハメに陥っているのです。 アヌビス、ホルス、ババイ、三人ともオシリスの子供で、アヌビス入れるとホルスはなんと、セトと同じ立場になるのだ! 三男! ・・・これか? これが狙いなのか、オシリス神話・・・。 と、言うわけで、イシスの言い分は置いても、ホルスは兄二人を差し置いて王位に就いた事になりました・・・。どうすんの、これ??? 正義の女神マアト「オシリスが死んだ時から、すでに地上に正義はないのです。」てか? ま、王権は女性に属したということなんで、正妃であるイシスの子、というのが条件かも知れませんが。王はハーレムを持っていたし、世継ぎとかを簡単に年功序列とかには出来ない事情とか、あったんだろうね・・・。日本とかなら、「暗殺」に走る部分(笑)。 世継ぎが指名制なのと絡んでるんだとは思うけど。・・・にしても、なんか釈然としないなぁ・・・(笑)。 ま、それが面白いトコロでもあるけれど(笑)。 |
| このオシリス神話群では、ラーの血族の神が中心なので、ラーが最高神であり、絶対の存在としていますが、エジプト神話にはもう一人、絶対たる最高神が居ます。それがプタハです。 なんで二人も絶対の最高の神様がいるんだ、と思うかもしれませんが、それは一神教的考えであり、純粋な多神教的考えで考えれば、最高の神が二人居ようが三人だろうが、構わないわけです(笑)。 どちらが上とかを、信じる側が気にしないなら、関係はない。白黒はっきりしたいって考え自体が一神教的な考えだと私は思う(笑)。人類が皆平等なのに、神様の世界だけ身分制なんて変じゃんか。 ともあれ、ラーとプタハです。 二人とも、宇宙創造の神で、神々のお偉いさん(笑)。プタハ神の方の宇宙創造神話は、まだ読んでないんで解かりませんが、最初に現われたのがどっちでも、系列の違う神様だから問題なし(笑)。 ヴァイキング料理みたいに、好きなエピソードをチョイスして、自分だけのオリジナル・世界創造神話の出来上がり(笑)。宗教の自由ってのかな、仏教とかでも色々宗派があるじゃん、あんな感じだろうと思います。 だから、最高神が二人でも何ら問題はないのですよ! しか〜し! 現代人には、ちとキツイ理論なんで(笑)、最高神と銘打つ神が二人並び立っている理屈を考えてみました(笑)。争っているわけじゃなく、仲良く並んでる理由をこじつけてみたいと思います(笑)。 ・・・つまり、最高神というのは、唯一無二の存在ではない、という大前提があります。最高神の最高とは、一番年上、とかの意味であり、部族の首長を指すのです。国家元首。 絶対という概念は、「特別」の意味です。ラーとプタハだけが、他の神々と違う特種効果を備えている(笑)。 ラーは、時間を自在に操る者で、時系列魔法を使えるのは、ラーだけ、という設定にしましょう(笑)。つまり、直訳すれば、『復活の呪文』だあね(笑)。 で、プタハは、時間を超越した存在です。この神の中に時間の経過はないから、年を取ることも死ぬこともない、けれど、時間の概念の外に生きているから、時間を操ることも出来ない・・・。 『永遠の不死』ということですか。ナイルの恵みを受けて生きる人々は、やっぱ不思議に思ったんじゃないのかな、どうしてナイルの水は尽きないのか? その答えが、このプタハ神を産み出したんだろーと。 尽きる事のない自然の現象がプタハであり、死の怖れがラーである、と。 で、ラーの『復活の呪文』に対してプタハ神の特種効果は『魔法解除』でしょうか(笑)。どんな効果も無効にする(笑)。簡単に言うと、「前の段階へ戻せるのはこの二人だけ」ってコト? 二人はそれぞれの一族の首長であり、リーダーなわけだね(笑)。 ・・・だから、並んで立ってても、大丈夫。と、いうような設定にしてしまいました〜(笑)。 それでも、理屈をつけるなら、最高にして唯一な存在は、ラーでもプタハでもなく、その二人でさえ逆らう事の出来ない「永遠普遍の法」というモンと、しておきましょう。(詳しくはココ。) 私の書いた作品の中では、「理(ことわり)」という名で、出てきます。 |